2020年7月27日(月)にオンラインフォーラム「シングルマザーと若者のファイナンシャル・ヘルスの実態~新型コロナ後の支援のあり方を考える」を開催しました。
本フォーラムは、2019年後半に実施した「低所得のシングルマザーと若者のファイナンシャル・ヘルスに関する調査」(JPモルガン支援事業)の一環として行ったもので、当日は、企業、NPO関係者、研究者、学生等200名以上に視聴いただきました。
フォーラムでは、経済的に困難を抱えるシングルマザーや若者のお金に関する健康度をはかるファイナンシャル・ヘルスの状況について、上記調査結果を報告するとともに、調査後に起こった新型コロナを踏まえ、コロナ禍が当事者に与えたさまざまな影響や今後の当事者支援のあり方や展望を登壇者と議論しました。
調査結果の概要
<発表者>土屋一歩(日本NPOセンター)
「低所得のシングルマザーと若者のファイナンシャル・ヘルスに関する調査報告書」のダイジェスト報告。
主な提言部分:
- 社会構造上の問題という認識:当事者の抱える経済状況は個人的な課題ととらえられがちだが、経済的・社会的ともに弱者であり、社会構造・慣習的な問題
- 複合的な問題への対応:福祉・教育分野との連携
- 社会的孤立の解消:特に支出多グループは社会的に困窮しているが、支援の周知方法の改善と当事者への働きかけ(心理的な支え&居場所)の拡充
- 公的制度・政策:既存事業の見直し、事業の柔軟運営、空白領域の施策導入
- 民間支援プログラム:お金・会計管理などの教育的訓練、当事者に特化した家計管理支援ツールやライフステージ・子どもの成長に合わせた財務的ライフプランシツールの開発+サポーター養成とその伴走型支援、孤立防ぐ交流支援
〇 発表資料(土屋)PDF
コロナ後の状況と当事者へのインパクト
<発表者>
赤石千衣子さん(しんぐるまざあず・ふぉーらむ 理事長)
工藤啓さん(育て上げネット 理事長)
<モデレーター>
大西連さん(自立生活サポートセンター・もやい 理事長)
新型コロナウィルス感染拡大の影響が出始めた2020年の2月以降、生活が苦しい状態が続いているシングルマザーや若者の実態を、しんぐるまざあず・ふぉーらむ赤石千衣子さん、育て上げネット工藤さんより伺った。
<赤石さんの発表>3月の一斉休校で困窮状態が強まるシングルマザーの状況をアンケート調査で把握し、想像以上の厳しい状況を前に継続的に食糧支援を実施。休業や減収等の相談も数多く寄せられている。行政の支援は当事者には届きづらい。今後は就労の形が変わり、ITやPCスキル等の就労支援の重要性が増していくだろう。コロナ禍で、シングルマザーの平常時からの脆弱性を解消することが重要だと改めて実感。
〇 発表資料(赤石)PDF
<大西さんのコメント>
2018年の国民生活基礎調査によると、大人の6人に一人、子どもの7人に一人が貧困状態にある。貯金ゼロ世帯は全体の2割以上あり、この状況はコロナの影響でもっと増えているだろう。
<工藤さんの発表>
若者の現状はなかなか目を向けられることがない。コロナ禍による収入減少、一方家族との時間が増えたことで関係が悪化、メンタルに不調をきたす例も。逆にコロナ禍によって働けなくなったパートの代わりとなった若者が労働時間が増えすぎたという声も。
育て上げネットでは、ウィズコロナ時代の取り組みとして「働く」選択肢の拡充支援、キャッシュフォーワーク、仕事・つながり併設型の団地などの必要性を感じている。
「働く」選択肢の拡充支援は、「雇われる」以外のお金の作り方へのチャレンジ。援助職も、メルカリへの出品などやってみる。
支援者・教育者は何でもできる・知っているわけではなく、働き方の選択肢はむしろ若い人のほうが知っていることもある。共に学んでいくことが大切。
〇 発表資料(工藤) PDF
主な論点:
■行政の支援制度と現状のギャップ
<赤石さん> 緊急小口貸付について、厚労省からの通知と現場にギャップがある。支援対象条件について柔軟に対応することや、償還免除の案内をすることが厚労省から通知されているものの、現場では徹底されていない。苦しむのは当事者である。
■オンラインでの対人支援の課題
<工藤さん> これまで対人援助を行う者が培ってきた理論やスキルは、対面を前提としたものであり、オンラインでどのように関係を構築していくかが課題となる。対人援助者自身が、自宅にオンライン対応の環境が整っていないこともある。オンライン環境の整備にあたり、ICTに強い企業との接点をつくっていく必要もある。
ファイナンシャル・ヘルスに関して調査から読み取れること
<発表者> 小関隆志さん(明治大学経営学部 教授)
本調査では、ファイナンシャル・ヘルスを収入の多寡ではなく、収支の均衡状態を基準としているが、「支出多」グループに問題が顕著に表れている。貯蓄が少ないと、コロナ禍のような状況下ではすぐに生活が立ち行かなくなってしまう。既に借入・滞納経験があるとなおさらである。そのような状態になる原因は様々あるが、奨学金返済や住居費の負担、非正規雇用や非就業であること、またシングルマザーの場合は養育費を受け取っていないことなどがある。
今回のコロナ禍では、休業要請により仕事ができなくなったこと、政府による給付金支給の遅れ、貸付支援の対象が限定であることなどによってさらなる困窮を招いている。現在のようなセーフティネットがない社会では、ちょっとしたつまづきが命取りとなる。事後的救済にとどまらず、レジリエントな社会にしていく必要がある。
〇 発表資料(小関)FHに関して調査から読み取れること PDF
パネルディスカッション:ポストコロナを見据えた当事者に対する支援のあり方について
<登壇者>
宮本みち子さん(放送大学客員教授・名誉教授、千葉大学名誉教授)
赤石千衣子さん、小関隆志さん、工藤啓さん、大西連さん
<モデレーター>
今田克司(CSOネットワーク 常務理事、日本NPOセンター 理事)
主な論点:
<宮本さんのコメント> コロナ禍の中で、課題が非常に多岐に及んでいる。この失われた20年の間に若者や子ども、母子に関して議論したことが、集中的に起こっている。
■家計改善支援の重要性
<宮本さん> 生活困窮者自立支援制度の家計改善支援に注目している。1990年代の多重債務問題の経験から位置づけられたものだが、困窮者の家計全体の見直しとともに、本人が先を見据えて主体的にすべきことを考える支援手法。このノウハウは、生活困窮に悩む母子や若者にとって有効ではないか。またお金だけでなく、メンタルヘルス等も含めて総合的にとらえて伴走する必要がある。
■教育費への不安と、シングルマザーの労働条件
<赤石さん> オンラインでライフプランセミナーや教育費に関するセミナーを実施している。一人親世帯は、現在の状況に加え、将来に向けて必要な教育費をどうしたらよいかという不安が多く、「将来の教育費のことは考えないようにしている」という声も聞かれる。子どもが小さいうちは、近所のパートなど、手近な仕事を選ぶことが多いが、主婦を想定したパートの仕事は賃金が低い。
セミナーや伴走支援により、少しでも見通しがつけばよいと思っている。また家計改善の前に、このような低賃金の問題をどうしていくかという雇用の問題も考えないといけない。
■オンラインでお金に関する相談を
<工藤さん> お金の問題はデリケートな話題であるからこそ、オンラインと相性が良いのではないか。お互いの情報をさらさずに、家計改善やケイパビリティ支援をすることができる。
■支援制度の課題
<小関さん> 生活困窮者自立支援事業は公的資金で予算の制約が大きく、家計改善支援は採算性の課題から全国的に普及しづらい。社会福祉協議会の貸付制度(生活福祉資金)は、自立支援の相談が前提となっているが、必ずしも貸付に至らず、自治体によって対応が異なるのが課題。また相談コストを負担できる自治体も少ない。緊急小口貸し付けも、相談件数が多すぎ、なかなか対応できていない状況。
民間での中長期的支援が必要になるので、資金提供はありがたい。複数の課題をもつ当事者にとって時間がかかるため、長い目で支援してもらえるとありがたい。
■総合的な生活支援と支援人材の必要性
<宮本さん> 行政の支援は分野ごとに分かれており、生活全体の相談になっていない。日本には優れた家計支援を行える人材が少ない。フランスには専門のソーシャルワーカーが日本の数十倍いる。トータルに生活支援ができる人材が増えない限り、日本での困窮者問題の解決は難しい。
<赤石さん> ファイナンシャルプランナーで困窮者やシングルマザー支援ができる人材もごく一部。
<工藤さん> 対人支援をオンラインで行う場合、漠然とした不安感から前に進めないこともあるが、不安内容を整理できるだけでも良い。ただ、技術的には接続・回線などのトラブルを、最低限自分で調べて解消できるスキルは重要になる。
■オンライン機会の拡充
<赤石さん> セルフケアやママのためのカフェを継続的に行ってきた。もっと多くの人に機会を提供する必要があるが、オンラインに抵抗を感じる人や、環境が整っていない人もいる。Wi-fi環境やPCなどの支援がもっとあるとよい。
■民間連携へ
<工藤さん> 住居、食事、就労などの問題を各団体が連携し、数百万円の規模ではなく、億単位の予算で数年間取り組む社会実験的に総合的な支援を行えるのが理想的。このような大きなチャレンジを、SDGsの観点も含め企業と一緒にやっていけないか。
<赤石さん> 大阪には府営住宅を活用したシェアハウス・若者就労支援があり、おもしろい。今後空き家も出てくるので必要な取り組みだと思う。工藤さんの提案にはコンソーシアムのような形で積極的に関われたら面白い。
<宮本さん> 民間の助成金審査に関わって感じるのは、民間といえ公的な助成金制度と似ており、数百万円の規模にとどまっていることが多い。もっと大規模で長期的にできる形があれば面白い。
■分野や行政区の壁を取り払う
<大西さん> 公的支援を受けるときに、どの窓口に行ったかでその人のその後の支援が変わるということが起きている。当事者は地域間を行き来して生活しており、分野や行政区の枠組みだけではとらえきれない。これまであったいろいろな壁を取り払っていかなければ「制度はあるが、枠内でしか支援ができない」を繰り返してしまう。大きな資金や大規模調査などで壁を超えるインパクトを生み出していく必要がある。
■登壇者からのメッセージ
<赤石さん> この数か月間、困難な状況にある方々の話を聞いてきたが、身体にこたえてしまうほどだ。ただ私たちにアクセスできない困窮者が数10万人いる。自分たちの無力さを感じつつも、企業の支援もたくさんいただき、なんとか食糧支援を2000人規模でやれるようになっている。
いま、私たちが在宅で支援を行えているのは、5年ほど前からクラウドを導入しているから。その意味で、支援団体への支援も重要だと思う
<工藤さん> 10億円規模の話をしたが、企業や個人の方からの寄付、最近は定額給付金の寄付などもあり、とてもありがたく思っている。
支援者は「自分が頑張らないと、苦しむ人が出てくる」となりがち。対人援助職も普通の人間であり、バランスがとても難しい。コロナ感染者や濃厚接触者が一人でも出てしまうと、施設が全て閉鎖になってしまう。さらに「あそこは感染者を出した」「感染対策をしていなかった」などと言われるリスクも。反対運動は起きても、賛成の声は届きづらい。
本日参加してくださっている方の中で、少しでも何か一緒に取り組むことができれば。リスクをみんなでとり、何か起きたときには「ここは改善して、また頑張ろうという」ムードをつくっていきたい。