【開催報告】第7回市民社会創造ラボ

第7回目の市民社会創造ラボは、日中市民社会ネットワーク代表・駒澤大学教授の李妍焱さんをゲストにお迎えしました。

国境を跨ぎ、研究と市民活動の実践という二足の草鞋を履きながら、どちらも第一線で活躍してきた経験を持つ李さん。そこから導き出された視点や考察は、日本社会やNPOのこれからを考える上で、とても示唆に富んだものでした。今回のテーマは「『中国的市民社会』のリアリティから学べること」。「市民的生き方」というキーワードに注目が集まりました。

ゲストの李妍焱さん

エリート vs 排除される一般人

「中国でも90年代にNPOが組織として登場し始め、日中両国とも組織の側面からエンパワメントという趨勢がありましたが、率直に言って現在日中両国でも行き詰まりを見せています。ソリューションやプロジェクトそのものは支持すするものの、中国では「組織」に対しては警戒感がある。一方で、日本も市民に力強く支えられた組織の中核ができたとは言いがたいでしょう。個人的に、「組織化」というアプローチは難しいと感じ始めています。

ただし、公共が管理しきれない領域がある限り、民間が活躍する場は出てくるもの。制限があっても実際に中国のNPO/NGOは活躍しており、示唆を得ることができます。私は日中の間で相補的な関係をつくり出し、市民社会のイノベーションをつくっていこうと考えてきました。しばらく在外研究でソーシャルイノベーションの先進地であるシアトルに滞在していたのですが、対立軸はもはや『民主主義体制vs独裁体制』ではなく『社会インフラと資源を主導するエリート vs 社会インフラと資源から排除される一般人』であると認識しました。政治体制のあり方に関わらず、極端な格差が出現しています。市民社会は冷戦時代に独裁体制へのアンチテーゼとして出てきましたが、現在は欧米でも日中でも、「市民社会」は、社会課題の解決の有効性、効率性を軸に支配層からの投資と評価の対象となり、システムに組み込まれているのではないでしょうか。最近、日本は『デザイン』『コクリエーション』が強調されていますが、これも頭のいい人たちだけで決めてしまうエリート主義的側面が強いところがあります。」

「市民」とは、人が幸せになる生き方

「私は94年に大学院の留学生として来日し、修士・博士課程を修了しました。中国では改革開放が本格化した頃。日本ではNPOが多く出てきた時期ですね。ボランティアグループの方々と交流するようになったのですが、そこで触れた『個人』一人ひとりの生き方と個性に魅力を感じました。誰もが活動に地位やカネなどの即物的な見返りを求めていない。社会問題やいかに生きるべきかをめぐり、仲間同士で深い哲学を楽しそうに語り合う人々でした。当時中国では、組織や仕事といった自分の持ち場を離れた自発的な活動という概念自体がなかったこともあり、『市民』と呼べる存在に間近で触れた時だと思います。『市民とは、人が幸せになる生き方』。この出会いが原点であり続けています。後年、中国へフィールド調査でも『市民的生き方』を発見し、社会体制が異なっていてもそれが可能なのだと発見しました。

ガバナンスの技術は社会によって異なりますが、公共の領域にオープンな部分がある限り、市民が現れます。ガバナンスの技術の暴走を止める装置がそれぞれの社会に埋め込まれ、作動することが必要だと考えています。」

個人が自分らしく生き、人とのつながりをつくる

「(1) Civic rights  (2) Civic culture (3) Civic tools これらのギアがうまく連結して動けば市民社会は強くなると思い、(3)を強くするアプローチをこれまで考えてきました。NPOの組織化もそのひとつ。しかし今は(2)(3)、特に(2)の文化を強くする必要を感じています。一人ひとりの生き方、働き方、考え方。社会変革の意識というより、個人が自分らしく生き、人とのよいつながりの追求です。UターンやIターン、地域での生き方という流れはありますが、まだ点にすぎない動きををどう面へと強化していくか。特に日本の場合はそこから入っていくべきなのではないかと考えています。政府、市場、個人・家族・コミュニティ…従来なかったようなこれらのアクターの組み合わせと活動をどうつくっていくかが問われています。

突出したリーダーに期待するよりも、市民的な生き方を表現する領域に回帰したいと思っています。だから日中市民ネットワークでは、中国的な市民の生き方、個人の生き方を日中市民社会ネットワークの報告書として出しています。NPO/NGOがでてきた経緯をふり返れば、組織化も結局は市民が継続的に活動できるようにするために取り組まれたものだと分かります。組織化に頼らない展開をどうつくっていくか。不確かさや流動性を活力の源にしたいと思っています。日本では、事業が始まる前に手続きとルールづくりで既に8割のパワーを使っていることに歯がゆさを感じます。」

『闘い』や『衝突』がなければイノベーションは生まれない

「今、システム・デザインへの投資が盛んになっていますが、そうすると必然的に「公益人」は競争と評価にさらされます。中国では、行政化を排除するために公益分野の市場化が唱えられたり、あるいはその弊害をめぐりオピニオンリーダーの論争がネットやSNSなどで大きな議論を呼び、ある種のムーブメントになっていっています。他人事ではなく、自分達がどう生きるかということだと受け止めてられています。こうした論争から公益の思想が抽出され始めました。

『協働』や『連携』ばかりがもてはやされる傾向がありますが、日本文化にあまり馴染みのない『闘い』や『衝突』がなければイノベーションは生まれません。パートナーシップという前に、衝突を表に出していくことが大切です。エリート支配に対する無力感があってもきちんと対抗しなければなりません。在外研究で訪れたシアトルでは、アクティビストを育てる仕組みができていました。大学だけではなく、コミュニティでも社会に意義を唱え、行動するのが当たり前という市民教育がなされていました。例えば、最低賃金を上げる運動やデモクラシーバウチャーなど。後者は議員が資金力をもつドナーばかりにアピールする現状に対し、市民がバウチャーをもつことにより、候補者が資金を獲得することができるようにするものです。デモも多かったですね。

とは言え、日本社会は『ビジョンと戦略』の文化ではありません。20年かけてようやく分かったのですが、日本は集積の文化。中国や米国のように青写真を描いて戦略を立てるというより、東京の街のように、一見まとまりがなくても智慧や経験を集積されていくという形に可能性があるように思います。」

 

 第7回市民社会創造ラボの当日資料はこちらからご覧ください。

 李妍焱さんの当日発表資料

 

《第7回市民社会創造ラボ(終了)ゲスト紹介》

李 妍焱(り・やんやん / Li Yanyan)さん

駒澤大学文学部社会学科教授 / 任意団体「日中市民社会ネットワーク」代表

中国の大学を卒業後1994年に来日し、2000年に東北大学大学院文学研究科で博士号取得。専門は日本と中国の市民社会とソーシャル・イノベーション。2002年から駒澤大学文学部社会学科で教鞭を執る。2009年に中国清華大学で一年間在外研究。2010年から「日中市民社会ネットワーク」を設立し、環境教育など日中が共有しやすい分野で草の根の交流と連携に尽力。2018年にシアトル大学とシンガポール国立大学で在外研究。

単著に『ボランタリー活動の成立と展開』(ミネルヴァ書房、2002年、第1NPO学会賞研究奨励賞と第2回生協総研賞を受賞)、『中国の市民社会-動き出す草の根NGO』(岩波新書、2012年、第11NPO学会賞優秀賞受賞)、『下から構築される中国「中国的市民社会」のリアリティ』(明石書店、2018年、第17NPO学会賞林雄二郎賞受賞)があり、共著に『中国のNPO』(第一書林、2002年)、編著に『台頭する中国の草の根NGO』(恒星社厚生閣、2008年)、『拥有我们自己的自然学校』(中国環境出版社、2015年)などがある。

 

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